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〒113-0033 東京都文京区本郷7-3-1
医学部教育研究棟8階北側

研究概要privacy policy

概要

 細胞分子薬理学ではシナプスにある分子のナノメートルスケールの分子複合体の構造とシナプス可塑性との関係に着目して神経回路の動作原理の解明を目指しています。 これまでに誰もアプローチしていなかった領域の研究であるため、神経伝達物質の蛍光イメージング技術や、ナノレベルの可視化解析のための超解像顕微鏡技術など、 オリジナル技術を有機化学、ケミカルバイオロジー、情報数理や光学など多様な要素技術を導入して開発しています。
 これら開発した技術を駆使して、シナプス機能がどのようにナノレベルで制御されているのかという問題に挑んでいます。




1. シナプス研究に革新をもたらす新規技術開発
 近年、生物学・基礎医学の研究は多様な技術の進歩によって飛躍的に進んでいます。
シナプス研究においても顕微鏡や蛍光プローブ等のイメージング関連技術や、CRSPR/Cas-9システムによるゲノム編集技術、光遺伝学による神経細胞機能の制御技術によって飛躍的な進歩を遂げています。
 我々の研究室では極めて微小な構造体であるシナプスで起こっている現象を精密に解析できる技術の開発に力を入れています。
 これまでに代表的な神経伝達物質であるグルタミン酸の蛍光プローブや、神経伝達物質が放出される際の開口放出現象を高精細にイメージングできる酸性小胞イメージングプローブ、 狙った分子を選択的にノックダウンできる強力なshRNAライブラリ技術などの開発に成功しています。これらの技術開発は顕微鏡技術、有機化学・ケミカルバイオロジー、 遺伝子工学、情報工学の最先端技術を積極的に取り込んで進めています。
 我々は開発したオリジナル技術を実際のシナプス研究で利用することでこれまでの技術ではアプローチできなかったシナプス機能の理解に向けた重要な問題の解決に取り組んでいます。

1−1 神経伝達物質グルタミン酸のイメージング技術開発
 脳内の興奮性のシナプスでは主にグルタミン酸が神経伝達物質として使われています。グルタミン酸は活動電位のシナプス前終末への到達をトリガーとしてシナプス前部から放出されることが知られていましたが、 その詳細な分子メカニズムについては未だ不明な点が多く残っています。
 我々はシナプスでグルタミン酸がどのような分子メカニズムで開口放出されるのか、放出されたグルタミン酸はどのように神経回路の制御調節に関与しうるのかを知るために、開口放出されたグルタミン酸を 直接的かつ高精細にイメージングできるグルタミン酸蛍光プローブの開発を進めてきました(Namiki et al. Eur J Neurosci. 2007)。
 その過程でタンパク質工学とケミカルバイオロジーの手法を導入したハイスループットスクリーニング系を構築し、シナプスからのグルタミン酸放出のイメージングに最適な特性を持つグルタミン酸プローブの開発に成功しました (Takikawa et al.Angew Chem Int Ed Engl . 2014)。
 現在は、開発したハイスループットスクリーニング系を用いて、様々な神経伝達物質の高性能蛍光プローブの開発を進めています。



1−2 酸性小胞イメージングプローブの開発
 細胞内の酸性小胞は神経伝達物質やアレルギー物質の放出を担う重要な小器官です。
有機化学やケミカルバイオロジーの手法を導入することによって酸性小胞の様子を高精細にイメージングできる酸性小胞イメージングプローブを開発しました (Asanuma et al. Angew Chem Int Ed Engl. 2014 Isa et al. ACS Chem Biol. 2014)。
 この蛍光プローブは酸性条件で極めて明るい蛍光を発するため、細胞内の酸性小胞を鮮明にイメージングすることができます。小胞の蛍光の強度を詳しく調べることによって、細胞内での酸性小胞の局在や、エキソサイトーシスやエンドサイトーシスの際の小胞の時空間動態を知ることができます。
 また、この酸性小胞イメージングプローブは市販化されており、多くの研究者による多様な研究分野で利用されています。





1−3 強力かつ高い分子特異性を持つ高性能shRNAライブラリの開発
 様々な細胞機能の背景にある分子メカニズムを理解するためには、興味ある遺伝子の発現のみを強力にノックダウンするshRNA技術が有効です。
 我々は遺伝子工学技術を駆使することによって、Enzymatic production of library (EPRIL法)を開発し、標的遺伝子に対して極めて高い特異性で、ノックダウンができるshRNAライブラリ技術を開発しました (Shirane et al. Nat Genet. 2004)。
 本技術は細胞機能を指標とした遺伝子スクリーニングにも適用することができるため、幅広い生物学研究の領域での利用が期待できます。

2. 興奮性シナプスにおける神経伝達物質放出の分子メカニズムの解明
 脳内の興奮性のシナプスでは主にグルタミン酸が神経伝達物質として使われています。グルタミン酸は活動電位のシナプス前終末への到達をトリガーとしてシナプス前部にあるアクティブゾーンと呼ばれる数百nmの微細な領域から放出されることが知られていましたが、その詳細な分子メカニズムについては未だ不明な点が多く残っています。
 特に、アクティブゾーンのグルタミン酸がシナプス小胞の開口放出によって場所はどのような分子で、どのように作られているのかという点は以前より重要な問題でした。
 我々は、ラット海馬の神経細胞上の一つのシナプスで起こっている開口放出の結果放出されたグルタミン酸について、グルタミン酸イメージングによる定量的な解析を可能にしました (Sakamoto et al. Nat Neurosci. 2018)。
 これによって、各々のシナプスのアクティブゾーンにはいくつのシナプス小胞が放出される場所があるのか、さらにそこにあるシナプス小胞はどの程度の確率で開口放出されるのかを知ることができるようになりました。
 グルタミン酸イメージングによるシナプス前終末でのグルタミン酸放出の観察と後述する超解像顕微鏡によるシナプス関連分子の観察とを組み合わせることで、これまで不可能であった神経伝達放出機能と分子の微細な配置との関係を直接的に対応付けて理解することができるようになりました。





3. 神経伝達物質の開口放出特性を決定する超分子な分子集合体の可視化解析
 プロテオミクスの進展により、神経伝達物質の開口放出に関わっている可能性がある多くの分子がリストアップされていますが、リストにある分子がシナプス前終末のアクティブゾーンにおいてどのように配置して神経伝達物質の開口放出の制御を担っているのかはほとんど分かっていません。
 我々は最先端の超解像顕微鏡技術*を駆使することによって、シナプスにおけるシナプス関連分子の局在や配置を10〜20nmの空間分解能でイメージングすることができるようになりました。
 超解像顕微鏡によるシナプス関連分子の解析と、開口放出されたグルタミン酸のグルタミン酸イメージングによる解析を組み合わせることによって、ひとつのシナプスにはグルタミン酸放出を起こす場所(放出サイト)が複数存在することでシナプスの持つ情報量を高めることが明らかとなりました (Sakamoto et al. Nat Neurosci. 2018)。
 また、この放出サイトの実体はシナプス内タンパク質分子が自己集合することで形成されるナノサイズの超分子集合体であることを突き止めました。
 この発見はシナプス伝達の根本的仕組みに迫るもので、脳の計算原理の解明や精神神経疾患の理解や克服にとって重要な知見となると考えられます。現在は、種々のシナプス関連分子の超分子集合体がシナプス可塑性に応じてどのような時空間ダイナミクスで変化していくのか、またそのダイナミクスのシナプス機能制御における意義の解明を目指して研究を進めています。






4. 新発想の超解像顕微鏡技術の開発
 シナプス機能をはじめとする多くの生体機能にタンパク質が形成する超分子的なナノ構造体の重要性が明らかになってきました。我々は細胞内で種々の蛋白質が形成するナノメートルスケールの微細な分子集合体の構造を高い時空間分解能で解析できる超解像顕微鏡技術の開発も進めています。
 実際の細胞生物学や基礎医学の研究の現場で使用に耐えうる性能となるようにハードウェア開発と蛍光プローブ技術、画像解析技術の開発を関連分野の専門家と協働して統合的に進めています。